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書くこと。

感じたこと、学んだことを書いていきます。

ドキュメンタリー番組で知る、手話で生きる子どもたち。

 

 

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はい、いいえ、ありがとう、ごめんなさい、

日本語や英語では言えても手話では言えない。

私たちは英語を学ぶことと同じくらい、手話も勉強したらいいのかもしれない。

 

そんなことを考えさせてくれるドキュメンタリー番組に出会いました。

 

詳しくはこちら↓

NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール「静かで、にぎやかな世界~手話で生きる子どもたち~」

 

この番組で感じたこと、気づいたこと

聴覚障害のある子たちに、話させるように教育するのではなく、手話を基本とし手話で何から何まで学べる学校が存在する。そしてその学校が多くの保護者に支持され続けている。

・音が聞こえないからといって彼らに短所があると感じるのは完全に間違っていて、音がないからこそ、彼らの表現力は私たち以上にあることに気づいた。

・耳が聞こえないままでいいという子や、耳が聞こえるようになる薬があるなら絶対に飲むという子がいる。どちらが良い悪いはないけれど、やはり変わらないままを求める子よりも、変わり続けようとする子に光を感じ応援したくなるのは人の世なのかもしれない。

聴覚障害者が学ぼうとしてもふつうの大学や高校にそれを助ける人が少ないのが現状。国の支援が足りていないのかも。少し聴覚に劣るところがある一方、彼らの学びたい欲求は私たち以上のものを感じた。彼らに投資することは国にとって素晴らしい投資になるのではないかと感じた。

聴覚障害があるがふつうの大学で生活をはじめた男の子がいた。彼は授業がわからない。なぜなら先生はほぼ黒板を使わず話すだけだから。ここでくじけないのが彼らの強さ。彼の訴えで大学側も少しずつ動き出す。…たとえ小さな声であっても、声をあげ続けることに意味があるんだと感じた。こうしたい、こうしてほしい、わたしはこうするから、ときちんと意見が言える人に人はついていく。恥ずかしがらず、自分の思うこと、希望することを表現すれば自ずと道は開けていく。少しずつかもしれないが、確実に現実は変わる。

 

 

 

手話で詩の朗読

途中、卒業式のシーンがあるんですが、そこで手話による詩の朗読があります。

谷川俊太郎さんの「卒業式」です。

小学校を卒業する児童たちがこの詩を手話と顔の表現力で豊かにあらわします。

文面だけでは伝わりにくいですが、さらりと読めるので良ければ一読してみてください。

 

「卒業式」

    ひろげたままじゃ持ちにくいから
 きみはそれをまるめてしまう
 まるめただけじゃつまらないから
 きみはそれをのぞいてみる
 小さな丸い穴のむこう


 笑っているいじめっ子
 知らんかおの女の子
 光っている先生のはげあたま
 まわっている春の太陽
 そしてそれらのもっとむこう

 
 きみは見る
 星雲のようにこんとんとして
 しかもまぶしいもの


 教科書には決してのっていず
 蛍の光で照らしても
 窓の雪ですかしてみても
 正体をあらわさない
 そのくせきみをどこまでも
 いざなうもの


 卒業証書の望遠鏡でのぞく
 きみの未来

 

 

最後に

彼らの未来が広がり続けるよう、動き出している大学生がいます。

彼らの先頭を走る女子高生がいます。

彼らみんなの可能性が明るく、眩しいものになっていきますように。

陰ながら応援しています。